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夏目家の食卓

Baum 香り三昧
*夏目漱石の鏡子夫人。美人ですよね~*

夏目家の食卓(2005)、というドラマを見ました

解説: 「夏目漱石と、悪妻として知られる妻鏡子の日常を、
孫の半藤末利子のエッセー「夏目家の糠みそ」と
鏡子の「漱石の思い出」をもとにドラマ化。
癇癪持ちの漱石(本木雅弘)と
勝ち気な鏡子(宮沢りえ)の新婚生活は、波瀾万丈。
鏡子は料理下手で朝寝坊。
大食いの漱石の食欲は満たされず、
早々から丁々発止の応酬が続くが、幸せな生活だった。
それが漱石のロンドン留学で一変。
漱石は近代社会に圧倒され、苦悩の日々を送ることに。
鏡子は漱石が癇癪をおこしても、
病に倒れても、支え通しだ。
重厚な文豪物語ではなく、ヘソ曲がりの亭主と
のんきな女房のホームドラマに仕立てた。


たまたま偶然TVを付けたら始まったところで
これがけっこう、面白かった

夏目漱石が、吾輩は猫であるを書いたのは
精神衰弱を
和らげるためだったことも
このドラマで知った

夏目漱石の本は、中学のころに
たくさん読んだけど
いま、この年齢で読み直してみると
面白いかもね

鏡子夫人は、悪妻呼ばわりされていたようだが
とても愛情の深い方だったように思える

『漱石の思い出』 夏目鏡子述・松岡譲筆録
この書評を見ると、こんなことが書かれてあった

漱石よりも、鏡子夫人に興味が湧いた菊


実に赤裸々な漱石が語られている。

あくまで妻の目を通して見たひとりの夫、

家庭の中の漱石である。
それがあまりに赤裸々であったために、

漱石崇拝者たちの反感を買った書でもある。

この本ゆえに、鏡子夫人はソクラテスの妻

クサンティッペと並ぶ悪妻とまで言われてしまった。

が、私はクサンティッペは少々気が強いだけで、

悪妻というほど悪い女だったとは思えない。

そして、鏡子夫人にいたっては、

むしろ良妻ではないかと思うのだが、どうだろうか?

漱石はイギリス留学中に精神に変調をきたした。

今なら家庭内暴力として訴えられかねないようなことも

家族に対してしたらしい。

鏡子夫人は、そんなときの漱石を

「頭の悪いとき」と表現し、病気とあきらめ、

一生漱石に連れ添った。

離婚を勧められた時の鏡子夫人の言葉がある。

『そんならどうかお帰りになって、

皆さんにおっしゃってください。

夏目が精神病ときまればなおさらのこと

私はこの家をどきません。

なるほど私一人が実家へ帰ったら、

私一人はそれで安全かもしれません。

しかし子供や主人はどうなるのです。

病気ときまれば、そばにおって

及ばずながら看護するのが妻の役目ではありませんか。

(中略)私一人が安全になるばかりに、

みんなはどんなに困るかしれません。

それを思ったら私は一歩もここを動きません。

私はどこどこまでも此家にいることにいたしましたから、

どうかこの上は何もおっしゃらずに

だまって見ていてください。

一生病気がなおらなければ私は不幸な人間ですし、

なおってくれればまた

幸福になれるかもしれません。(後略)』

鏡子夫人の、この覚悟のいさぎよさ。

本を読めばわかるが、単なる意地や見栄で

漱石に付き添ったのではない。

漱石を誰よりも深く愛していたからとしか、

私には思えない。

上の言葉を言ったとき、

漱石はまだ小説は書いていなかった。

鏡子夫人が見ていたのは、

我々の知る大文豪としての漱石ではなく、

ただの一人の男としての漱石だった。

そして、その覚悟は一生かわらなかった。

漱石の「頭の良いとき」は妻として夫の漱石を眺め、

「頭の悪いとき」は母性的懐の深さで

病人漱石の勝手に耐えた。

漱石は晩年になって「則天去私」を語るが、

上の言葉を見る限り、鏡子夫人こそ

すでに則天去私を実行していたのではないか?

天の字を夫と書き換えれば・・・

それに、こちらの書評も面白いです
URL2http://booklog.kinokuniya.co.jp/abe/archives/2008/06/post_24.html

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